「DX需要」と「デジタル化需要」の違い
SI事業者が収益のよりどころとしていた工数需要が、「今後とも伸び続けることは難しい」と以前から言われていました。しかし、実際の業績は、大手・中堅共に10%前後の売上増を続けている企業も多く業績を伸ばしています。
決算書を見ると、その理由として「DX需要」をあげている企業が多いようです。ただ、厳密に言えば、「デジタル化需要」が、業績拡大の背景にあると考えるべきでしょう。
本来の意味でのDXは「デジタル前提の社会に対応するために会社を作り変える」ことです。一方、デジタル化は「アナログな業務プロセスをデジタルに置き換える」ことです。
いまの業績の伸びを支えているのは、コロナ禍をきっかけにデジタル化の遅れに気付いたユーザー企業が、IT投資を拡大していること、すなわち「デジタル化需要」が原動力となっていると考えるべきでしょう。
「デジタル化需要」は、DXに至る必要なステップであり、これも含めて「DX需要」と呼ぶことに違和感はありません。ただ、今後のSIビジネスの事業シナリオを考えるとき、「DX需要」と「デジタル化需要」では施策が異なるため、ここでは厳密を期して区別しておきたいと思います。
「デジタル化需要」がユーザー企業の内製化を拡大させる
私は、このような「デジタル化需要」の拡大が、SI事業者の業績向上に、中長期的に寄与し続けることは難しいと考えています。その理由は、「デジタル化需要」の拡大が、内製化を促す原動力になってしまったからです。つまり、デジタル化を推し進める過程で、デジタルの重要性と可能性に改めて気付いたユーザー企業が、生産性や利便性の向上に留まらず、次のような意図でITの活用を意識し始めたからです。
- 変化への俊敏性を獲得するため
- 競争力の強化や雇用の変革をすすめるため
- 収益構造の転換を図るため
このような事業や経営の根幹に関わるところで、ITを活用しようとの意欲を高めているわけで、前述の通り、「デジタル化需要」が、本来の意味での「DX需要」へとシフトしつつあるとも言えます。
このような企業にとって、ITは「便利な道具」に留まりません。事業や経営を支える「コア・コンピタンス」です。そんなITシステムの構築や運用は競争力の源泉ですから、自分たちでできるようにしなければならないと考えています。このような意識が、内製化の意欲を高めているわけです。
ユーザー企業側の意識の変化と時を同じくするように「クラウド・サービス」の充実や「生成AI開発ツール」の機能向上と普及が急速に進んでいます。この動きは、内製化の課題となる「ITエンジニアの不足」を解消してくれる可能性があり、この取り組みを加速すると考えられます。
この一連の変化を整理すると次のようになります。
- コロナ禍をきっかけに「デジタル化需要」が急速に高まり、デジタル化の取り組みが進んだ。
- この過程で、デジタルの価値を実感したユーザー企業が、デジタル前提で会社を作り変えること、すなわちDXを推し進める意欲を高め(「DX需要」を生みだし)ている。
- そんな自社の変革や競争力の源泉となるITを外注に依存せずに自分たちでできるようにしようとの意欲が高まり、内製化の動きが拡がっている。生成AIの機能向上やクラウド・サービスの充実は、この内製化の動きを加速する。
「内製化×クラウド×生成AI」が工数需要を呑み込む
ITあるいはデジタル化の需要は今後とも拡大しますが、「内製化×クラウド×生成AI」が工数需要を呑み込んでしまうため、SI事業者へ外注する必然性がなくなり、工数需要が減少するわけです。
もちろんITエンジニアが不要になることはありません。但し、ITシステム全般についての包括的な知識や最新のスキルを有した「少数精鋭のITエンジニア」がいれば十分で、大人数は不要です。
そんな彼らが主導して次のような取り組みも始まるでしょう。
- ユーザー人材をリスキリングして、システム内製の能力を持たせる
- ITシステムの構築や運用を自分たちで担える環境を整える
- クラウドを前提とした基幹系システムへの刷新を図る
この変化を改めてまとめると次のようなシナリオが描けます。
- 「デジタル化需要」の拡大に伴い、真の意味での「DX需要」が喚起され、ユーザー企業は、内製化の意欲を高める。
- 「クラウド・サービス」や「生成AI開発ツール」の充実と普及により、システムの開発や運用の生産性向上と効率化が進む。
- ITエンジニアへの期待が、「プログラミングできる統率された多数の人材」から「システム開発全般を包括的に理解し最新にも精通する自律した少数精鋭」へとシフトする。
- 「ユーザーによるアプリケーション開発」が普及し、現場ニーズに自ら迅速にシステム対応できるようになる。
- 「少数精鋭のエンジニアによるクラウド前提の基幹系システムへの刷新と自前での開発と運用」が定着する。
外注を前提としたシステム開発コストが今後も変わらないとすれば、クラウドや生成AI開発ツールの充実と普及は、システム開発コストを大幅に低減させるため、外注する必要はなくなります。また、生成AIを組み込んだローコード開発ツールの充実によりユーザーによる開発が容易になれば、現場を1番よく知るユーザー自身での開発が一般化します。このような変化もまた、SI事業者に対する工数需要を減少させるでしょう。
SI事業者は工数需要に偏った事業構造の転換を図るしかない
システム開発のテーマは増え続け、IT需要は今後とも拡大します。一方で、「ユーザーによるアプリケーション開発」と「少数精鋭によるクラウド利用」が拡大するため、SI事業者の工数需要は減少に転じます。このような変化に対処するには、SI事業者は、工数需要に偏った事業構造の転換を図るしかありません。
ただ、事業構造の転換は、短期的には「成長戦略」にはなりません。それは、新しい事業構造に対応できる人材と従来の工数需要に対応するための人材の知識やスキルが異なるためです。
特に意欲もあり、能力が高い人材は、既存の工数ビジネスでも重要な役割を果たしているのが一般的ですから、彼らをリスキリングするために実践の現場から外さなくてはなりません。そうすると、彼らの稼働率が下がり、売上や利益を押し下げる要因になるでしょう。
ただ、新しい事業構造に対処するには、このハードルを越え、「生き残り戦略」へとまずはシフトしなくてはなりません。その後に成長できるかどうかは、生き残ってからの話しです。
安定して低利益率に甘んじていた企業にとっては、死の淵を飛び越える覚悟が必要でしょう。ただ、先にも述べたように、これほど急激な変化が起きる以前から、同様の問題は指摘されてきたわけですから、それに対処してこなかったツケが回ってきたともいえ、災害級の変化を乗り越えるには、相応の覚悟を持って臨むのは当然のことです。
事業転換の先にある5つの事業
では、どのように事業構造を転換すべきかですが、次の5事業が考えられます。
- レガシーIT介護事業
- 内製化支援事業
- デジタル・サービス事業
- 高度専門サービス事業
- コンサルティング事業
それぞれについて、詳しく見ていくことにしましょう。
レガシーIT介護事業
概要:既存システムの機能追加、改修、運用と保守
顧客:ユーザー企業の情報システム部門
特徴:当面の工数需要を維持することが目的。既存システムに長年張り付いて関わってきたSI事業者でなければできない属人的スキルを必要とすることから、既存システムを使い続ける限りに於いては、安定的な工数需要が見込まれる。ただし、常に単金減額の圧力に晒されているため利益率は低い。
また、特定のシステムに属人化していることでエンジニア人材の移動が難しく、エンジニアのスキルの高度化や転換が難しい。中長期的には、システム刷新に際して内製化を前提としたクラウド前提のシステムへと移行する可能性が高く、工数需要は減少する。
対策:当該システムを長年担当しているエンジニアや同様のテクノロジーに精通したエンジニアに担当させ新規人材は投入しない。要員不足が懸念されるが生成AIツール等を利用し、コード生成やドキュメンテーションの生産性を高め少人数でも維持できる体制を整える。
補足:既にレガシーITのスキルを持つ人材に担当させ、新入社員等の若手は補充しない。新入社員やモダンITに精通したエンジニアは、他の事業に割り当てる。つまり、レガシーITに関わる要員は増員せず、生産性の向上と効率化によって、エンジニアの稼働率を維持し、顧客の需要に対応する。
内製化支援事業
概要:ユーザー企業の内製化のためのシステム環境の整備やスキル提供
顧客:ユーザー企業の内製チーム(事業部門は以下で利益責任を持つ組織)
特徴:工数は少ないが高い利益率を確保することが目的。「コスト・パフォーマンスの高い工数提供」から「高額でもユーザーに求められる圧倒的な技術力」へと売り物を転換し、高い利益を得る。但し、工数を大きくすることは困難。
具体的には、クラウド・サービス、生成AI開発ツール、コンテナ、マイクロサービス、アジャイル開発、DevOps、SRE等のモダンITによるスキルを持つエンジニアを短期間(3ヶ月から半年程度)投入し、ユーザー企業の内製人材の育成、内製のための環境や体制の整備を支援する。
このような需要は、内製化に意欲を持つユーザー企業の需要が高いので、メソドロジーやツールをパッケージにして効率よく展開できるようにして、特定のユーザー企業に長期に関わらないような運用を考えるべきだろう。
対策:新しい技術やメソドロジーに高い関心と意欲を持つ人材をレガシーITから引き離し、一定期間(最低でも数ヶ月程度)徹底した教育を実施する。その間、モダンIT案件にも部門横断的に関わらせることで実践スキルを身につけさせる。新入社員については、入社時からモダンITのスキル育成を行いレガシーITのスキル育成は行わないことで、中長期的な人材の拡大につなげる。
補足:レガシーITの稼ぎ頭を現場から引き剥がすことで、彼らの稼働率は低下する。稼働率にカウントできない=稼げない人材を雇用し続けることは利益を圧迫することになり、低利益企業にとっては厳しい状況となるだろう。しかし、これは将来に向けた先行投資であり、この点は覚悟しなくてはならない。
ただ、稼働率で業績を評価するのは、「COBOL等の”手続き型言語”を使えば高い精度で工数が算定できた」時代の名残であり、「Java等の”オブジェクト指向型言語”の登場でエンジニアの力量によって工数算定が大きく振れる」時代に、稼働率という評価基準を使い続けることに合理性はない。この辺りもあわせて考え直すべきだろう。
また、モダンITは、そもそも早く安くプロダクトを生み出すための方法論ではなく、変化に対して迅速、柔軟に対応しながらプロダクトの価値を高め続けるために作られた方法論であり、稼働率、あるいは、生産性や効率という評価軸に妥当性がない。従って、旧来のやり方と同じ評価軸で比較することは厳に慎む必要がある。
デジタル・サービス事業
概要:デジタル技術を活かした独自サービスの提供
顧客:ユーザー企業/他ITベンダー
特徴:継続的・安定的な収益を確保することが目的。先行投資が必要であり、短期的な収益拡大は難しいが、利益逓増型で将来に渡り安定した収益源となる可能性がある。
対策:このようなサービスを実現する上で欠かせないのが以下の3点です。
-
- 既存事業の片手間ではなく独立した採算事業として継続的な投資と業績評価を行うこと。
- 専門スキルを持つマーケティング人材を配置し、マーケティング視点でのサービス開発を行うこと。
- リーンスタートアップ、アジャイル開発、DevOps等のモダンITを駆使して実践すること。
SI事業者で特に欠けているのが「マーケティング」であろう。その理由は「必要なかったから」だ。つまり、既存顧客や元請との良好な関係を維持できていれば継続的に工数需要が確保されていた。そのため稼働率に結びつかないマーケティング活動のようなオーバーヘッドに関心を持たなかった。しかし、新たな市場や顧客を開拓することが必要とされる本事業は、マーケティングなくして成立しないことを意識する必要がある。
補足:新しいサービスは失敗を前提に投資しなくてはならない。そして、高速に「Try and Learn」を繰り返し成功の筋道を探索することが不可避になる。新しい取り組みである以上、計画の妥当性やリスクを徹底して議論しても限界がある。従って、リーンスタートアップの手法を取り入れる必要があるだろう。常識からの逸脱を嫌い、前例ありきでなければ判断を下せない企業文化からは、成功の芽は生まれない。
高度専門サービス事業
概要:高度な専門スキルやノウハウを提供
顧客:ユーザー企業の事業部門
特徴:極めて高い利益を確保することが目的。例えば、データサイエンス、金融工学、量子科学、人工知能などの高度専門スキルとそれを活かす独自のメソドロジーを有する専門チームが、顧客の要望に応じてソリューションを提供することや人材の育成を行う。
対策:これができる人材は限られるし、幅広領域をカバーすることはできないが、他者にはできない独自性の高い何かを有していれば、短期で高額の収益を確保できる。もちろん、これに対応できる人材を短期間で育成することはできない。本事業に必要とされる人材をキャリア採用する、あるいは、M&Aなどによって人材を確保する。
補足:既存事業とのシナジーが発揮される領域、あるいは、特定企業との案件で高度に専門特化した人材を中心に、事業化を考えるべきだろう。新たに取り組もうとするのならば、新しい領域(生成AI)や他社がやっていないニッチ領域で事業を立ち上げることも有効だ。
コンサルティング事業
概要:ユーザー企業の業務またはシステムについての戦略・企画・計画を策定
顧客:ユーザー企業(事業部門または情報システム部門)
特徴:他事業とのシナジーを創出し収益につなげることが目的。この事業はコンサルティング事業として独立させるよりも営業活動の中に組み入れることが現実的だ。営業活動だからと言って無償で提供する必要ない。ユーザー企業のIT戦略立案やシステム企画、あるいは、デジタル・ビジネスのビジネス・プラン策定といった上流での戦略・企画・計画は、言わば「高度に洗練された提案書」でもあるし、ユーザーにとっては、事業計画書になる。そのような成果物を有償にて提供する価値はある。これをきっかけに上記に説明した4事業への動線を作ることを考えるべきだ。
対策:営業とSEの役割を再定義する必要がある。まず営業は有償でコンサルできるスキルを身につけさせる必要がある。また、SEもコンサルとしてスキル育成してはどうだろう。エンジニアとして、プログラミングやシステム構築・運用に関わる実務スキル、あるいは、システム・アーキテクトなどの高次の専門スキルを持たないのであれば、その前段としてのコンサルに移行させ、その役割を果たさせてはどうか。もちろん、コンサルとエンジニアを往き来しつつ両方のスキルを身につけさせることもいいだろう。
補足:生成AIやクラウドが前提となるシステム開発にあっては、「そこそこできるエンジニア」や「コードを書けないエンジニア」、「システム開発全般の実践に裏打ちされた包括的知識を持たないエンジニア」の仕事がなくなってしまうだろう。つまり、生き残れるのは、「精鋭のエンジニア」に限られてしまう。そうでなければ、ユーザー企業の戦略・企画・計画の策定を支援するスペシャリストとして育成するのが、現実的かつ事業の成果につながる可能性は高い。
このような取り組みを進める上では、雇用制度や雇用体系、業績評価基準など、会社そのものを作り変える必要があります。こちらについては、改めて投稿したいと思います。
ここに掲げた5事業は私の独断と偏見にすぎません。ですから、これをたたき台として批判的に捉えて頂ければと思います。自分たちならどうするかの「自分の正解」を考えるきっかけとしてください。
ただ、はっきりしていることは、これまでの事業の延長線上、つまり「工数ビジネス」では、生き残れない時代が一気に近づいてきたことです。この現実に背を向け、施策を先送りすることは、座して死を待つ行為です。
わかりやすく表現すれば、「工数で稼ぐ会社」から「高度な専門性で稼ぐ会社」へと会社を作り変える施策をいち早く実践せよということです。SI事業者の変革、すなわち自分たちのDXは、このような取り組みではないでしょうか。
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今年で8年目を迎える恒例の”新入社員のための「1日研修/1万円」”の募集を始めました。
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そんな彼らに、いまのITの常識をわかりやすく、体系的に解説し、これから取り組む自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうと企画しました。
お客様の話していることが分かる、社内の議論についてゆける、仕事が楽しくなる。そんな自信を手にして下さい。
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